こんにちは、lizard.kです。
最近、ウクライナ関連の報道などで「べリングキャット」の名を目にすることが増えてきて、気になっていたところに、創設者のエリオット・ヒギンズ氏が書いた本の翻訳が出たので読んでみました。非常に興味深い本で、一気読みしてしまいました!
『ベリングキャット ―デジタルハンター、国家の嘘を暴く』エリオット・ヒギンズ 著、筑摩書房刊(2022/3/30)(原題:We Are Bellingcat: An Intelligence Agency for the People)は、オープンソースを使った民間の調査グループ、べリングキャットの創設者が書いた本です。
べリングキャットいう名前は、誰が猫に鈴をつけるかを相談するネズミの寓話から取られています。
べリングキャットのモットーは「特定し、検証し、拡散する」です。
- 特定…見過ごされている問題、発見されていない問題をネット上で特定する。
- 検証…あらゆる証拠を検証し、けっして憶測に頼らない。
- 拡散…わかったことを拡散し、同時にこの分野を全体として広く知らしめる。
この方針のもと、SNSやGoogle Earthなどの誰もが入手可能な情報を組み合わせて、マレーシア航空17便撃墜事件、シリア内戦での化学兵器使用事件やロシア反体制派指導者ナワリヌイ氏の暗殺未遂事件などの真相に迫っていきます。
この本を読むと、今まさにウクライナで行われていることは、これらの事件の延長線上にあるというのがよく分かります。
べリングキャットのモットーは「特定し、検証し、拡散する」だが、「反・事実コミュニティ」のモットーは「信じ、力説し、無視する」だ。最初から結論があって、検証の段階はすっ飛ばし、その結論を声高に言い立てて、都合の悪い事実を指摘する声はかき消してしまう。ぼくたちがインターネットで証拠を探すのに対して、かれらは自説の裏付けを探す。(中略)
「反・事実コミュニティ」の場合、その最大の特徴は懐疑主義ではなく冷笑主義だ。懐疑主義者が「証明してみろ」と言うのに対し、冷笑主義者「それでだれが得をするのか」と言う。
ロシアのウクライナ侵攻に関する報道などを見ていると、嘘をつき通すと真実らしく見えることもあって、何を信じて良いのか分からなくなってきますが、下記を読むと我々は日々こういった情報操作の中にあることが分かります。
クレムリンは、情報操作の専門家ベン・ニモの言う「4D法」、つまりDismiss(否定)、Distort(歪曲)、Distract(目眩まし)、Dismay(恐怖)を活用している。第一に都合の悪い事実を断固否定する。(中略)次は歪曲だ。すさまじい誇張で原形もとどめないほど真実をねじ曲げ、たとえば小規模な集会を誇大に宣伝して国が抗議に苦しんでいると言ったり、あるいは単純にありもしない主張をでっちあげたりする。(中略)第三の戦術「目眩まし」だが、これには陰謀論とか「そっちはどうなんだ論」とかを用いる。つまり非難したら非難し返すということだ。(中略)この論法をやられると、どちらが倫理的に正しいのかわからなくなくなり、だれも信用できないし、真実はどこにもないという話になってしまう。四番めの恐怖戦術は、クレムリンの望む筋書きにしつこく反論すると、重大な影響が及ぶと脅して黙らせるということだ。
どちらかの陣営につくのではなく、事実の検証に邁進するべリングキャットですが、ときにはオープンソースの情報だけでは限界に達し、ブラックマーケットに金を払って必要なデータを入手するというようなジレンマについても描かれています。
調査は一般の人々が担っているわけですが、様々な危険にもさらされており、日々凄惨な画像や動画を検証することによる精神的なダメージもあります。
オープンソース調査にまつわる危険は、身体的・電子的なそれにとどまらない。心理的にもダメージが生じることがある。(中略)トラウマ的な画像映像でも、ちらと見ただけならすぐに立ち直れるだろう。深刻な問題が生じるのは、くりかえしそういう像を目にして、その影響が徐々に積み重なっていった場合だ。
またAI技術を応用したディープフェイクについては以下のように述べているが印象的でした。
初めて「ディープフェイク」を見たときのことは忘れられないだろう。ひとつには、技術の威力に畏怖を覚えるからだ―動画をこれほど巧みに加工してしまえるとは。またひとつには、このツールでどんなことができるかと思うと背筋が寒くなるからでもある。(中略)
いまのところディープフェイクについてはぼくはあまり心配していない。写真や動画はそれのみで存在するわけではなく、情報を構成する要素のひとつでしかない。(中略)ディープフェイク動画が広く拡散したとしても、まずまちがいなくいずれは矛盾点が露呈し、その動画を作った者は以降は信用されなくなるだろう。
べリングキャットの手法は、フェイクニュースや陰謀論が渦巻く暗闇に差し込んだ一筋の光のように感じました。
幾つかの既存のメディアとは良好な協力関係が生まれているようで、今後ますます注目を集めていくのではないかと思います。
惜しいのは邦訳の電子書籍がまだ出ていないこと。IT分野を題材にした本だけに、早く電子書籍化して欲しいものです。
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