経済を扱った「読み物」は巷に溢れていますが、こういう本ばかり読んでも今ひとつ理解できた気がしません。ここは一度体系的に経済学を勉強してみるかと思い立ったのが数年前。初学者にも分かりやすい参考書を探して辿り着いたのがアメリカの大学生向けのテキストでした。
アメリカの教科書の特徴は、冗長とも言えるほど丁寧に書かれていて分厚いこと。簡潔に書かれた薄手の日本の教科書とは対照的です。日本の場合、テキストの行間は授業で補うことを意図して書かれているようで、独学だと辛い面があるんですよね。
その点、アメリカの教科書はスラスラ読み進められるので、分厚くても結果的に短時間で済んだりします。ざっとイメージを掴んだ後で日本の教科書を読むと、良くまとまっているなぁと感心することもしばしば。うまく両者を使い分けられるといいですね。
そんなわけで私のような社会人や独学で経済学を学ぼうという人の参考になればと思い、取っ掛かりになりそうなアメリカの経済学テキストをまとめたブックガイドを作ってみました。初級から中級レベルで、比較的最近翻訳されたものを選んでいます。
経済学入門
以下に挙げるのは大学の一般教養レベルの経済学のテキストです。
翻訳版ではミクロやマクロといったタイトルに分かれていますが、原著では一冊のテキストでEconomicsや、Principles of Economicsといったタイトルのものです。中級のミクロ・マクロのテキストと間違いやすいので注意してください。
四則演算程度で難しい数式も出てきませんので、まずはここから。
【New】アセモグル/レイブソン/リスト ★電子書籍有
【2020/09/07追記】マクロ/ミクロに続き、『アセモグル/レイブソン/リスト 入門経済学』が出版されました。『マンキュー入門経済学』と同様に、ミクロ経済学・マクロ経済学から基本的な章を選んで1冊にしたものです。
ミクロ経済学・マクロ経済学をお持ちの方は、内容が重複しますのでご注意ください。
出版元の東洋経済新報社のサイトで試し読みができます。
kindleなどの電子書籍版もあります(ただしプリント・レプリカ形式)。
【2019/02/06追記】東洋経済新報社から『ALLマクロ』こと『アセモグル/レイブソン/リスト マクロ経済学』が出版されました。Daron Acemoglu, David Laibson, John List, Economics, 1st Edition, 2015の翻訳で、原著最新版は3rd Edition, 2021。
原著はミクロとマクロの2分冊の形態でも売られており、まずはマクロの方が翻訳されたようです。一般的にはミクロが先に出そうなものですが、著者の一人であるアセモグルは経済成長論で有名な方なのでマクロの方が注目度が高いのでしょう。監訳者には岩本康志・東京大学大学院教授の名前もあり、要注目のタイトルです!
【2020/01/31追記】マクロの発売から約一年。『アセモグル/レイブソン/リスト ミクロ経済学』が出版されます。
どちらも出版元の東洋経済新報社のサイトで試し読み(マクロ、ミクロ)ができます。
kindleなどの電子書籍版もあります(ただし固定レイアウト)。
【定番】マンキュー ★電子書籍有
【2019/09/07更新】定番の『マンキュー経済学』の第4版が2019年9月末に出るようです。N. Gregory Mankiw, Principles of Economics, 8th Edition, 2017 の翻訳で、ミクロ編とマクロ編の2分冊構成。
kindleなどの電子書籍版もあります(ただしプリント・レプリカ形式)。原著最新版は10th Edition, 2023が出ました。
これにあわせて『マンキュー入門経済学』も第3版が出ますが、こちらはミクロ/マクロ編から基礎的な章を抜き出して1冊にしたもので、内容が重複していますのでご注意ください。
巻頭の「経済学の十大原理」は有名で、いかに経済学に興味を持ってもらうかという工夫にあふれた構成になっています。
クルーグマン ★電子書籍有
『クルーグマン ミクロ経済学 / マクロ経済学』は Paul R. Krugman and Robin Wells, Economics, 2006 の翻訳(原著最新版は7th Edition, 2024)です。
当時はまだクルーグマンのシリーズが出版されていなかったこともあり、私は『マンキュー経済学』を読みました。レベルが似通っているので、本の大きさ(B5判)と重量さえ気にならなけば、後発でカラーの分クルーグマンのシリーズを選ぶのもいいかもしれません。ちなみに、クルーグマンは2008年にノーベル経済学賞を受賞しています。
【2017/04/10追記】原著第3版(2013年刊行)に対応した『クルーグマン ミクロ経済学(第2版)』が出版されました。本のデカさ(B5判)はそのままです。
【2019/09/16追記】ミクロの発売から約2年、ようやくマクロの第2版も発売。と思ったら、翻訳陣の中心だった大山道広氏が2017年にお亡くなりになっていたんですね。ご冥福をお祈り致します。
ちなみに、マクロの方は出版元の東洋経済新報社のサイトで試し読みができます。
kindleなどの電子書籍版もあります(ただし固定レイアウト)。
スティグリッツ ★電子書籍有
『スティグリッツ入門経済学 / ミクロ経済学 / マクロ経済学』は Joseph E. Stiglitz and Carl E. Walsh, Economics, 4th Edition, 2006の翻訳。第4版になってソフトカバーのモノクロ印刷に変わり、値段が少し安くなりました。
kindleなどの電子書籍版もあります(ただしプリント・レプリカ形式)。
スティグリッツはマンキューやクルーグマンのシリーズより、ややレベルが上だと思います。3分冊でボリュームもありますが、評判の高いテキストなのでチャレンジする価値はあるでしょう(私も機会があったら読んでみたいと思っています)。スティグリッツは情報の非対称性に関する研究で2001年にノーベル経済学賞を受賞しています。
ハバード
最近出た本でいいなと思っているのが、日本経済新聞出版社から刊行された『ハバード経済学』です。
R. Glenn Hubbard and Anthony P O’Brien, Economics, 4th Edition, 2012の翻訳で、原著最新版は8th Edition, 2022が出るようです。元は一冊の本ですが、翻訳版は『スティグリッツ経済学』のように三分冊での出版です。印刷もカラーで見やすくていいですね。
著者のグレン・ハバードは、コロンビア大学ビジネス・スクール校長で、ジョージ・W・ブッシュ政権下では大統領経済諮問委員会議長を務めた方。翻訳はかの有名な竹中平蔵教授です。
目次を見る限りでは、市場競争(基礎ミクロ編)のところや、金融/財政政策(基礎マクロ編)のあたりが面白そうです。
中級ミクロ
以下に挙げたのは学部中級レベルのミクロ経済学のテキストです。
最近のマクロ経済学はミクロ的基礎の上に構築されているので、遠回りなようでも中級くらいまでのミクロ経済学を先に勉強しておくとスムーズです。この辺から少し数式が出てきますが、高校レベルの数学を知っていればあまり問題ないでしょう。
【New】レヴィット ★電子書籍有
【2018/05/06追記】更新をサボっている間に『レヴィット ミクロ経済学』が基礎編・発展編の2分冊で出ていました。Austan Goolsbee, Steven Levitt and Chad Syverson, Microeconomics, 2013の翻訳で、原著の最新版は3rd Edition, 2019です。
中級ミクロの翻訳書も、ヴァリアン、ピンダイク&ルビンフェルドに加え本書と選択肢が増えてきたのは嬉しいですね。微分こそ出てきますが、『ヤバい経済学』の著者だけあって興味深いコラムが満載で、とても読みやすそうです。監訳は最近TV等でもご活躍の安田洋祐・大阪大学教授です。
kindleなどの電子書籍版もあります。
【定番】ヴァリアン
現在ではGoogleのチーフ・エコノミストを務めているヴァリアンの『入門ミクロ経済学』は、Hal R. Varian, Intermediate Microeconomics: A Modern Approach, 9th Edition, 2014 の翻訳です。アメリカのテキストの翻訳は、日本では分冊で出版されることが多いのですが、この本は原著にある章末問題とその解答や例題、数学補論などを思い切って削ることで一冊にまとめています。個人的には分冊になってもいいので全て載せて欲しかったところですが、財布に優しいのは確かなので考え方の違いでしょう。
原著最新版は10th Edition, 2024です。両方購入して日本語版で省略された部分を補うのも一つの手だと思います。ゲーム理論、行動経済学、非対称情報といった最近の話題までカバーしていますし、一つ一つの章が短いので読みやすいと思います。
【2015/08/30追記】翻訳も原著第9版を元にしたものが出版されました。
ピンダイク&ルビンフェルド
【2015/01/03追記】中級ミクロの翻訳書としては、ほぼヴァリアン一択だったのですが、少し前に『ピンダイク&ルビンフェルド ミクロ経済学』が出ました。
Robert S. Pindyck and Daniel L. Rubinfeld, Microeconomics, 7th Edition, 2008 の翻訳で、原著最新版は 9th Edition, 2017 です。分量は多いですがその分丁寧に書かれているので、ヴァリアンの翻訳方針が合わない方には特におすすめです。カラー印刷で見やすいのもポイント高いです。
中級マクロ
以下に挙げたのは学部中級レベルのマクロ経済学のテキストです。
これから読むのであれば、2008年の世界金融危機以降に書かれたものをお勧めします。
【New】ブランシャール ★電子書籍有
【2020/04/04追記】すっかり諦めていたのでかなりビックリしたのですが、ほぼ20年ぶりに新しい翻訳、『ブランシャール マクロ経済学 (第2版)』が出ました!なんと上下巻同時発売で、Olivier Blanchard, Macroeconomics, 7th Edition, 2016 の翻訳です。なお、原著最新版は8th Edition, 2020 が出ています。
オリビエ・ブランシャールといえば、国際通貨基金(IMF)の元チーフエコノミストで、日経新聞を読んでいてもFTの記事などでしばしば目にする名前です。
出版元の東洋経済新報社のサイトで試し読み(上、下)をしましたが、リーマン・ショック後の話が多く書かれていて相当面白そうです。
kindleなどの電子書籍版もあります(ただしプリント・レプリカ形式)。久しぶりにマクロの復習にチャレンジしてみようかな。
ジョーンズ ★電子書籍有
『ジョーンズ マクロ経済学』はとても面白いです。Charles I. Jones, Macroeconomics, 2nd Edition, 2011の翻訳と内容も新しく、第2巻にはリーマン・ショック後の世界的金融危機について書かれた章もあります。原著では最近6th Edition, 2024が出ました。
kindleなどの電子書籍版もあります(ただしプリント・レプリカ形式)。
第1巻は著者の専門分野である経済成長理論から始まり、長期から短期へという流れは『マンキュー マクロ経済学』と同じですが、個人的にはマンキューよりもすっきりしていて読みやすく感じます。第2巻の短期モデルはLM曲線を使わないなど現代的な記述になっています。
【定番】マンキュー ★電子書籍有
【2024/01/18追記】定番の『マンキュー マクロ経済学』も第5版が出ました。原著は現時点で最新版の N. Gregory Mankiw, Macroeconomics, 11th Edition, 2022 です。
kindleなどの電子書籍版もあります(ただし固定レイアウト)。
【New】エーベル/バーナンキ/クラウショア
【2024/10/06追記】マクロは上記の3冊が内容も新しくておすすめですが、他に有名どころとしては元FRB議長が著者に名を連ねる『エーベル/バーナンキ マクロ経済学』があります。シーエーピー出版から出たものは原著第5版を元にした翻訳で絶版になっていましたが、ここにきて出版社が日本評論社に変わり、最新の原著第11版(Andrew B. Abel and Ben Bernanke, Dean Croushore, Macroeconomics, 11th Edition, 2023)を元にした翻訳が発売されました。
日本語版の表紙には『ABC』と大きく書かれていて何のことかと思ったら、執筆者にクラウショアが加わり『エーベル/バーナンキ/クラウショア マクロ経済学』になったので、その頭文字なんですね。アセモグル/レイブソン/リストの『ALLマクロ・ミクロ』みたいな感じでしょうか、、まずは上巻が発売となり、下巻は11月末に出るようです。
上記の4冊がケインジアン的なアプローチなのに対して、最近発売された『ウィリアムソン マクロ経済学』は古典派的な市場均衡アプローチのテキストです。ジョーンズやマンキューよりも難易度は高いですが、次々と難しい数式が出てくるわけでもないので中級と上級の橋渡しには良さそう。Stephen D. Williamson, Macroeconomics, 3rd Edition, 2008 の翻訳で、原著最新版は6th Edition, 2017です。
似たようなアプローチのテキストとしては、Robert J. Barro, Macroeconomics: A Modern Approach, 2008を翻訳した『バロー マクロ経済学』があります。
経済成長論
ワイルの『経済成長』も読みたいと思ってる一冊。経済成長理論のテキストは数学的にも難しいものが多いですが、これは読みやすそう。David N. Weil, Economic Growth, 2nd Edition, 2009 の翻訳(原著最新版は 3rd Edition, 2012)。
ところが残念なことにピアソン桐原がピアソングループから離脱してしまったため、現在は絶版になっています。良い本なので、『クルーグマンの国際経済学』のように丸善出版から再販売されるのを期待したいところです。
もう少し数学が出てきてもよければ、ジョーンズの『経済成長理論入門―新古典派から内生的成長理論へ』もあります。Charles I. Jones, Introduction to Economic Growth, 1997 の翻訳。原著は10年ぶりくらいに新版 4th Edition, 2024 が出ました。
国際経済学
国際経済学というと貿易理論のようなミクロ的な内容だけを指す場合もありますが、『クルーグマンの国際経済学-理論と政策-』は上巻で貿易理論、下巻で国際金融論というようにミクロ・マクロ双方の分野を扱っているテキストです。為替レートの決定理論や、国際収支不均衡の問題、貿易の自由化問題など、社会人にとって興味深いトピックが数多く含まれています。
原著は Paul R. Krugman and Maurice Obstfeld, International Economics: Theory and Policy, 8th Edition, 2008 で、以前のものは新世社(3/eの翻訳)やエコノミスト社(5/eの翻訳)から出版されていましたが、ピアソン桐原から8/eの翻訳が出ました(しかもカラーで)。その後、ピアソン桐原がピアソングループから離脱したため、丸善出版から再販売されています。
原著最新版は12th Edition, 2022で、9/eからは「メリッツ・モデル」のMarc Melitzが共著者に加わっています。
関連記事: メリッツ(Melitz)モデルが載っている貿易理論のテキスト
【2016/12/22追記】翻訳も原著第10版を元にしたものが丸善出版から出ます!こちらのサポートページでオンライン補遺の翻訳が公開されています。新々貿易理論の創始者マーク・メリッツが共著者に加わっての大幅改訂だから、前の版を持っていても買い直す価値はありそう。
【2023/12/27追記】kindleなどの電子書籍版も出ました(ただしプリント・レプリカ形式)
この他には翻訳が少し古いですが、ケイブス・フランケル・ジョーンズによる『国際経済学入門』も有名です。Richard E. Caves, Jeffrey A. Frankel and Ronald W. Jones, World Trade and Payments: An Introduction, 9th Edition, 2002 の翻訳(原著最新版は 10th Edition, 2007)。
開発経済学
絶版になって久しいですが、この分野ではマイケル・P. トダロ、ステファン・C. スミス 著『トダロとスミスの開発経済学』が有名です。1000ページを超える分厚いテキストでした。
Michael Todaro, Stephen Smith, Economic Development, 10th Edition, 2009 の翻訳(原著最新版は 13th Edition, 2020)。
環境経済学
大変失礼ながら表紙が地味で気付かなかったのですが (^^;、とても良さそうなテキストが出ていました。ニック・ハンレー、ジェイソン・ショグレン、ベン・ホワイト 著『環境経済学入門』。
Nick Hanley, Jason F. Shogren, Ben White, Introduction to Environmental Economics, 3rd edition, 2019の翻訳です。
Amazonで試し読みした限りは、とても読みやすくて内容も新しく興味を惹かれます。
紙幅の都合上、原著の第8~10章は除外しているということなのでご注意ください。
【翻訳で除外されている章】
8:Conflicts and Cooperation: Strategic Interactions
9:The Economics of Non-Renewable Natural Resources
10:The Economics of Renewable Resources: fisheries and forestry
公共経済学
国や地方自治体の経済活動を扱う公共経済学。アメリカの社会保険や税制などを題材に勉強するよりは日本のテキストの方が分かりやすいかと思ってこれまで敬遠していましたが、実際に『スティグリッツ 公共経済学』を読んでみると平易な説明でとても面白かったです。さすがスティグリッツ!
Joseph E. Stiglitz, Economics of the Public Sector, 3rd Edition, 2000の翻訳ですが、原著の方は久しぶりに新版(4th Edition, 2015)が出るようです。
【2022/12/3追記】原著第4版(2015年刊行)を元にした邦訳第3版が出るようです。ほぼ20年ぶりの刊行で、電子書籍も有ります!
ビジネス・エコノミクス
ルイシュ・カブラルの『企業の経済学 産業組織論入門』が出版されました。Luis M. B. Cabral, Introduction to Industrial Organization, 2nd edition, 2017の翻訳。
『レヴィット ミクロ経済学』の監訳者でもある安田洋祐・大阪大学教授がTwitterで『組織の経済学』、『戦略の経済学』とあわせてビジネス・エコノミクス三部作と紹介されていました。
先日、待望の日本語訳が発売されたカブラル著『企業の経済学:産業組織論入門』‼
世界的に定評のあるビジネススクール向けテキスト、『戦略の経済学』『組織の経済学』(どちらも名著👍)と合わせて、【ビジネス・エコノミクス三部作📚】みたいな形でビジネス・パーソンに広まっていって欲しいなぁ😉 pic.twitter.com/S3PaU166qh
— 安田 洋祐 (@yagena) June 30, 2023
『組織の経済学』、『戦略の経済学』よりはコンパクトみたいです (^^;
ミルグロムとロバーツの『組織の経済学』は、Paul Milgrom and John Roberts, Economics, Organization and Management, 1991の翻訳。ミクロ経済学の応用として組織や契約の理論を解説しており、MBAなど経営学のコースでもしばしば必読書として挙げられるテキストです。
同様の視点から経営戦略を中心に書かれた本としては、ベサンコ、ドラノブ、シャンリーによる『戦略の経済学』があります。David Besanko, David Dranove and Mark Shanley, Economics of Strategy, 2nd Edition, 2000の翻訳(原著最新版は7th Edition, 2017)。
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