【読書メモ】『田辺聖子 十八歳の日の記録』田辺 聖子 著

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こんにちは、lizard.kです。

コロナもまた心配な状況ですが、年末に段差を見誤って足を挫いてしまったこともあり、今年のスタートは出掛けたりせずにおとなしくしていました。
右目が白内障になってしまい、ぼんやりとしか見えていないので、距離感がうまく掴めないんですよね。
まぁ、文字通り足元を固める時期だと思って、無理せず過ごしています。

そんな中で読んでいたのが、『田辺聖子 十八歳の日の記録』田辺 聖子 著、文藝春秋刊(2021/12/3)です。
2019年に亡くなった田辺聖子の18歳の頃の日記が発見されたということで話題になり、文藝春秋2021年7月号に掲載されていたのを読んでとても面白かったんですよね。
今回、その完全版が単行本で出たということを知り図書館で借りてきました。

当初は、文藝春秋に載っていなかった部分だけ掻い摘んで読むつもりだったのですが、だいぶ抜粋されていたようで初めて読む部分が多く、面倒なので結局全部読み直すことにしました。

本書には、当時軍国少女だった田辺の目を通して大阪大空襲、終戦、父の死、女学校での生活などが瑞々しい感性と恐るべき観察眼で描かれています。

例えば、以下は大阪大空襲で家を焼き出された後の級友との会話。その時代を生きた人でなければ書くことが出来ない心情だと思います。

「百数十冊あった本焼いたの」というと、「阿保やなぁ、なんで疎開せえへんなんだん」と言って、ただの一言も気の毒にとも、惜しいとも言ってくれない。総体にみんなは冷淡だ。憎らしいばかりだ。(昭和20年6月16日の日記)

この数日来、私は心の平安を取り戻したように思う。学校へも忠実に通っている。それは勉強したいからだ。皆の薄情にも慣れた。それが当然だからだ。
私はひるまない。
私は泣かない。
私は屈しない。(昭和20年6月23日の日記)

雑誌掲載時には省かれていた日記の途中に挿まれる小編・中編小説も興味深いです。こういうものがさらっと日記の合間に書けるというのが才能なんでしょう。

ただ、まだ何物でもない頃なので、自己嫌悪や自信喪失を繰り返しながらも自らの才能の灯を信じて進んでいく、そういった揺れる心情がとてもリアルに迫ってきます。

この本を読むことで、文才の有無に関わらず記録を残すことの大切さを再確認しました。
後で見返して、このブログがそういった役割を果たすものになってくれればと感じました。

今も昔も、若いって素晴らしいですね。

 

 

 

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